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旧陸軍機機長遺族が遺品寄贈 苫小牧郷土文化研究会に 写真や双眼鏡など

【苫小牧】終戦直前の一九四五年七月、陸軍の重爆撃機「飛龍(ひりゅう)」に搭乗中に、苫小牧市内に墜落して亡くなった陸軍少佐・佐藤久市さん=当時(24)、山形県出身=の遺族が、カメラや双眼鏡などの遺品十点と写真資料二点を苫小牧郷土文化研究会に寄贈した。遺品は焼けただれて一部が黒く炭化しており、六人が死亡した悲劇を生々しく物語っている。

 墜落事故は四五年七月十五日午後に起きた。機長の佐藤さんら七人が乗った飛行機が、樺太(サハリン)から帯広へ向かう途中、苫小牧市柏原の牧場に墜落して炎上。佐藤さんら六人が死亡した。

 今回、遺品を寄贈したのは、佐藤さんの姉の娘の水戸ともみさん(66)=山形市在住=。カメラや印鑑ケース、財布、手帳など。手帳には、読書記録や体調の変化が記されているほか、「決勝の年を迎へる我(われ)必ず大事を成さん」との決意も書かれている。

 墜落現場には四五年八月、隣接する安平村(現胆振管内安平町)の遠浅地区の住民が慰霊碑を建立。以来、毎年七月十五日には、元遠浅郵便局長の故井上儀七さんら有志が慰霊祭を実施してきた。

 六八年には赤ずきんの地蔵尊が建てられ、現在は井上さんの息子の芳郎さん(74)夫妻らが毎年、六人の霊を慰めている。

 水戸さんは戦後五十年の九五年に続き、昨年七月にも来道し、慰霊祭に参加。「二度と悲惨な戦争が繰り返されることのないよう、資料として活用してほしい」と、慰霊祭に参加していた苫小牧郷土文化研究会の森口和昭さん(59)=苫小牧市=あてに、今年四月、遺品を郵送した。

 水戸さんは、遺品を虫干しする佐藤さんの母ゆきさんの寂しそうな姿を今も覚えているといい、「祖母は本心では息子を軍人にしたくなかったのでしょう」と話す。

 当時、墜落する飛龍の姿を目撃したという井上芳郎さんは「遠く離れた地で息子を亡くした親の気持ちを考えると、いたたまれない。命の続く限り慰霊を続けたい」と話す。

 寄贈を受けた同研究会は、戦争の悲惨さを理解してもらうため遺品の公開も検討している。

北海道新聞引用

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